« 俗称“アシュリー療法”を希望する2例目か | トップページ | 今年もまた »

2007/10/10

「装い」にかかわる2日間/2日目:日本生活学会での発表

一昨日に続く「装い」関連の話題。
(→1日目の話題はこちら)。

2日目。
10月7日(日)は日本生活学会での発表。学生の発表で私が連名発表者。

糸賀真紀子・名川勝:知的障害者入所更生施設における利用者の衣生活の実態と装い.生活学会報,34(1),19-21.日本生活学会,2007.(2007年10月7日、早稲田大学)

現在取り組んでいる修士論文の、言わば途中経過を報告したもの。
 

装いに関しては、下記を参照。
http://homepage3.nifty.com/mnagawa/#dressing

研究は、施設での衣服選択・購入・洗濯などの調査と、それから着衣の様子を(許可いただいた上で首から下のみ)写真に撮り、パタン等検討するもの。
検討途中なのでまだ詳細に言えるところではないのだが、幾つか興味深い点がある。

例えば、Tシャツ等をズボンの中に入れる着方。どこでも見回すと分かると思うが、今はTシャツなら外へ出すことが一般的。施設内だと差があるにしても平均4割以上が中に入れる。男女問わず。
その辺の街行く人はどうなんだろうということで、無作為に30分ほど調べてみると、数パーセントほどである。しかも中高年男性に集中している(中高年男性層だけならもっと割合は高くなる)。なぜこのような違いがあるのかを考えていくのは容易ではないけれど、ひとつには着衣の選択権を誰がどのように持っているかを見ていくことも可能だろう。聞き取りの限りでは、親が買うことも多い。そしてこのような着こなし方は成長過程で身につくことも多いのではないか。とすると、小さいときに身につけた着方としてのTシャツ等中入れスタイルが維持されているということなのかもしれない。また現状でこれを維持させている環境要因もあるのだろうか。
この場合、すべてを本人のこだわりや一度身につけたことを変えられないという特徴に帰着させるのは賢明ではないかもしれない。というのは、施設によってはずいぶんと中入れ率の低いところもある。またそのような施設は、利用者さんの着衣のパタンも多様であり、職員の意識も違っているような感じもある。“感じもある”と曖昧に書いたのは、まだ検証途中だから。

他にも洗濯のことなども面白そうになっている。

ひとつ注意したいのは、ことさらに私たちは服の着方に善し悪しや価値観を持ち込もうとしているのではないというところ。良い着方、みっともない着方などいろいろあると思うけど、ファッションとはもともと多様な価値観の中での特徴を打ち出し、さらに個別的なズレを自己主張に結びつけるようなところもあり、一概にこれが良いとか悪いとか言いにくい。だからひとまずは現状がどうなっているのか、またそのような現状がどのようにして形成されているのか、なぜそのようになっているのかについて、他要素との関連の中で見ていこうとしている。上手く行くかどうかはまあ別として。

ただしそうは言いつつも、先日の「身だしなみ講習会」でも指摘されていたように、それなりに適切な服装・着方などはあるのかもしれない。それをどのように考えるか。
また、選択性の多様さも大切だろう。それらが保証されるかどうかなど。
いずれにしても、まだ何がよいか悪いかという物差しだけで判断するのは避けたいところだ。
そうした場合、何を持って観察なり記述なりの観点としていくのか、整理が難しいなあと、改めて思ったりもする。

もうひとつ、施設は家なんだからどんな服装でも良いのでは、との意見もあった。これは理解できるところもあるがそうでない部分もある。
自らのウチとしての私的空間であるならばそのようなことも可能だろうが、施設の場合はウチとソトの境界あるいは位置づけがたいへん曖昧なところもあるのではないか。それこそパンツ一丁でも(オヤジだけか?)パジャマでもいることができ、種々の家具調度で私空間が豊かに形成されているようなところと、そうでない外部とが上手に区切られているか? グループホームだとその辺が上手くできているところもあるけど(GHならすべてそうだとは言わない)。このあたりはそれこそ生活学的にも大切かなあ。考えようによっては重要な観点かもしれないと思う。

学会発表では、場合によっては見当違いの質問で肩すかしを食らうこともある。今回もどうだろうと心配していたが、きっちりとこちらの課題点を指摘してくださった先生も居られ、有り難いところだった。どのような点をインデックスとして取り上げるか。それをどのように調べるか。それらの根拠を説明できるか。
生活環境との関連は調べたいところだし、また職員の関わり方をもっと検討すべきではとのご意見もあったようだ。それらは重要だと私たちも思っている。しかしそれらをぜんぶやったら、D論まで腰を据えないといけない。さてどうしたものかという悩みもあったり。
 
 
この6~7日の2日間で感じたこと。
金銭・消費や性のありかたは、その人にとってのスタイルや価値観を決める/あるいは表現する重要な部分だとこれまでずっと思っていた。そして衣服の問題も同様に、その人の有り様を顕すのだと、改めて認識した。

こんなことに思いを馳せるなんて、数年前までは思いもよらなかったんだが。ほんとうにずぼらで着こなしのセンスなどひとつもない私が。面白いなあ。
 

|

« 俗称“アシュリー療法”を希望する2例目か | トップページ | 今年もまた »

生活支援」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/59692/16678462

この記事へのトラックバック一覧です: 「装い」にかかわる2日間/2日目:日本生活学会での発表:

« 俗称“アシュリー療法”を希望する2例目か | トップページ | 今年もまた »