PASネットとの合同講演会(その3)
トップの理事の面々はエネルギーがある。加えて“PASネットの良心”と称される司法書士さんもいらっしゃる。これも大事。勝手な私論なのだが、組織が推進されるためには強力なエンジン機能とハンドル(ブレーキも含む?)機能が両方とも必要だと思っている。どちらかしか無かったり、1人が両方の機能とも担っている組織はなかなか継続・発展という点からは辛い。ということで、PASネットは強いエンジンを何基も持っているし、有能なコンパスもあるのに加えて“良心”が高性能だなあと思った。
1年間貸してくれませんかと言ったら、即座に駄目と断られた。けち。
で、若い人も面白そうだった。みなさん遜色ないのだけど、とりわけ私たちのほうに足りないのは弁護士さん、司法書士さんなのだろう(福祉士さんもなんだけど)。PASネットの若い司法書士さんとそんな話をしたら、もっと恐れず声をかけてみたらと言われた。司法書士も職に就いて最初のうちは経験も少ないのでいろんなことをやってみたいと思っている。また社会貢献の意欲もある。だから繋がってくれる人も少なくないんじゃないですか、とのこと。上田さんの話では、彼は生活面のことまで良く配慮して、とても実直な仕事をしてくれるんだとの評価だった。でもたぶんそのような人に育てたのは、PASネットのカンファレンスなんだと思う。
“PASネットの良心”を貸してくれないんだったら、彼らをレンタルってことでいかがでしょうか?
それから。
今回の講演会・シンポジウムでも何度か取り上げられていたが、家裁の進める手続きの省略化は、良い点もあり全面否定しないまでも、同時に疑問視される向きを含んでいると改めて感じる。あれは財産管理というポイントを守るためには必要十分なシステムとしてスリム化されている方向にあるのであって、その分だけその人(被後見人等)を生活支援の中で捉えるというセンスをどんどん削ぎ落としてしまっている変容だと言ってもあまり間違いではないだろう。とりわけ子細は再度確認の上で取り上げることとするが、後見人等が家裁に提出する報告書を巡る簡略化の話は、いっそうその感を強くした。現行の成年後見のメインストリームにいる面々は成年後見制度を本人主体でノーマライゼーションの理念に則った云々と言っているけれど、自らがその側面をあっさりと捨てようとしていることをどう考えているのだろうか。そりゃ、現在の家裁のキャパシティでは増加するニーズに応えるのは困難でしょうよ。でもそのために大切な部分を捨ててはいけないのだし、自ら司法界が(というと大きすぎるけど)その任は果たせないというのであれば、後見制度(と自分たちが言っているもの)はここまでしかやらないんですと宣言して生活支援のためのオルタナティブな仕組みが別途必要であることをきちんと示していかなければならないのではないか。今のままだと不当表示・過大広告の商品になってしまいそうではないか。
この辺りはまだ上手く書けないので、今後もじっくりやっていきたい。
明日はこのシリーズの最終回。懇親会のことなど。
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