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2007/07/17

いまさらだが、後見制度の取り扱いの難しさ

後見の権限が強いこととこれを扱う人が保護的でありすぎる場合があること、だからこれを変えた方がよいし、あるいはそのオルタナティブが必要ではないかということはこれまでにも書いている。
高齢者についてはわからないので、ひとまず知的障害者等について言っている。

が、プロパーな専門家のみなさんにこれを理解していただくというのは至難のことなのかもしれない。何で後見類型適用で悪いのか、別に本人も困っていないし支障も生じていないじゃないかと言われることもあるし。

法律の方々の言葉と論法と資料で言わないといけないのだろうか。この法律はとても福祉や支援の領域と近いのに、法律や法曹界ではこうなのですよと言われてお終いでは、今後も変わりきれないだろう。

自分の能力の無さを感じ、こんなことを書いてしまった。書くの下手だなあとか。
ここででうじうじ言っていてもしょうがないのだが。
先日私に議論をふっかけてくる人がいたが、それは矛先が違う。向かうべきはあっちだ。

出来ることをやっていかなければ。
今はとにかく時間が無くて辛い。
 

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