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2007/02/06

入所施設の法人後見

佐藤彰一さんが連載で標記のことについてエントリーしている。

入所施設の法人後見1(satosholog、2007/02/04)
入所施設の法人後見2(satosholog、2007/02/05)
入所施設の法人後見3(satosholog、2007/02/05)
入所施設の法人後見4(satosholog、2007/02/06)

このことについて、メリット・デメリットも含め、ここまで丁寧に整理している文章は今のところ無かったと思う。私にはこのように論じる力量はなく、上手く書けないのだが、少しだけ思うことを記しておきたい。佐藤さんと違って少し精度が落ちるのはご勘弁。それに易しく書くこともできないしその余裕も無いのは申し訳ない。こっちは無視して佐藤さんの文章で考えていただければ。
 

佐藤さんは一般的な法人後見について考えをまとめたうえで、法人が自分のところの利用者についての後見を行う仕組みはどうかということについて述べている。慎重に論を運んでいるが、両者をなだらかに続いた問題として考えるわけにはいかない。組織内に弁護士を入れたり社協を後見監督にすることによって利益相反問題を解消しようとしているとのことだが、どのように機能するかによって内実は変わる。

また後見人の業務をどのように見なすかでも相反する蓋然性が高いかどうかは異なる。例えば財産管理の問題を扱うのみとみなすならば、文書取り扱いなどを通して明示されることがらのチェックは可能かもしれず、よほどおかしな事が行われることは防げるのだろう。しかしもっと微妙な話になった際にはどうか。
加えて後見業務に携わった場合には、更に身上監護に関わる事項についても取り扱われなければならない(事実行為をするということではない)。本人(被後見人等)のああしたい、こうしたいという希望と、法人は常に向かい合っている立場にある。その中で最大限に本人の希望を叶えたいと思いつつ、しかしそれはできなかったりもする。これについて困ると述べ立てる人は誰になるだろう。

他にあまり手を掛けてくれるサービスや支援機関のない地域では、右から左まですべてを法人がやらなければどうしようもないのかもしれない。法人の個々人は本人(利用者、被後見人等)のことを一所懸命に考えていることだろうとも思う。私の言っていることも、何を言葉ばかりのきれい事をとそしられるかもしれない。
しかし法人が利用者の後見に何らかのかたちで関わることは、そのことが構造的に問題を惹起させる可能性を高める。そのような意味での懸念だ。

なお、私も場合によっては法人後見が選択されなければならないことがあるかもしれないとは思っており、それは否定していない。また同様に後見の存在も必要な場合があると思っている。
ただ現在の後見と支援を取り巻く世間の考え方が思った以上に保護に寄りすぎており、しなくて良い(すべきではない)後見までしていることはないのか、その前に支援をもっと考えるべきではないのか、支援の足りなさを一気に後見を使うことで蔑ろにしてはいないか、だからもう少し両者の線引きを考えようよと言っている。
支援ニーズは(必ずしも)後見でカバーされない。
 

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