支援型社会と支援型法、「容易化」法(その2)
(その1)に引き続き、菅さんの報告をトレースする。
この後、レジュメ2ページ目では、これまで「自律したい強い個人が自由に自己利益を追求できる社会に基本的価値を置くリベラリズムが近代以降の法の基調であった」ことを指摘し、だから利他的行為にについてはもともと射程外にある事柄として議論の外に置かれてきたのだという。
ちょっと脱線するけど、この「強い個人モデル」に基づいて近代法は出来てるんだよということを知ったのは、確か平田厚さんのこの本だったと思う(私が読んだのは増補版じゃなかった)。
→知的障害者の自己決定権 増補(平田厚)
知的障害のある人にとって、こんなふうな「強くて自律的な個人」を前提に話が進んでしまうのはどうにもやりきれないし、それって現実無視でしょ、「たいして強くもない個人」を想定できないのかしら、と思っていた。思っていただけでどうにも出来なかった(成年後見の補助類型は、ひとまずの答えなのかもしれない?)。しかし、菅さんはそこに果敢に挑んでいるのだとも言える。
さて話を戻して、報告のトレースを続ける。
それで法はもっぱら自立的で強い個人の自由活動を管理するものであれば事足りていたのだけれど、しかしそれゆえに、利他的行為を間接的・結果的に進めるものとしては機能してこなかったと考えている。これを菅さんはジェノベーゼ事件を例として出したりしながら「救助行為に出ることに対して実質上負荷がかけられていた法的状況があった」と説明している。
(参考)傍観者効果 Wikipedia ←ジェノベーゼ事件の説明あり
このような現況に疑義を抱いた菅さんは、これを利他的行為の「直接強制アプローチ」ではなく、「間接奨励アプローチ」によって法的な位置づけを与えられないかと考えたらしい。
そこで考えられたのが「社交」という概念。「社交」は社交界とかできらびやかに上品な話をすることではなく、“互いに関わり合い交わりあうこと”のようなものではないかと(勝手に)理解している。何というか、私の中では関わり合いのエントロピー値がある程度あるような状態をイメージしている。あまり間違っていない気がしてるんだけど。
菅さんは、この「社交」~「利他的行為」が増加する、もしくは負荷がない、あるいは妨げられない、さらには促進される、ようなシステムを法的に埋め込みたいという希望をお持ちだと理解した。
それでこのような法的な機能あるいはこのような機能が期待される法を「容易化法」(Facilitating Law)と呼んだ。また、このような考え方を許容する理念のあり方を「他者指向的自由主義」と呼び、従来からのリベラリズムに一石を投じようとしている…
(トレース、以上)
…と、かなり端折ってしまったので菅さんには怒られるかもしれない。どうだろう。あまり外れてなければよいのだが。
もっと知りたい人は、是非とも菅さんのご著書を読んでいただきたい(私のはサイン入りである…まだ読んでないけど)。
菅さんの報告後に自由な質疑応答を行った。
けどそれは長くなったので、次回に回す。
----------------------------------------
「支援型社会」や「容易化法」などの大きめの概念を堂々と提唱しているところが印象に強く残った。これからまだ時間はある。課題をじっくりと整理・精緻化していけば、オリジナリティのある興味深い理論が形成できるのではないか。また、その検討過程でいろんなものが生み出されていくはずだ。その中の少なからぬ部分が、私たちの属する支援領域の人たちや、共生社会を考える人たちに貢献していくように感じる。
翻って、しかしそれにしたってこの齢になってもまだ細かいレベルでまとまろうとしている自分が、ずいぶんと小さく思えた。やっぱり器の違いかなあ。
いや、それはそれとして、彼女の研究は支援したいなあ。法学者じゃないから直接のサポートは出来ないけれど、支援という接点で何らかの応援をしていきたい。
研究会終了後は主要メンバーが茶会と称して高田馬場駅そばの店へ。
→ローマ料理 タベルナ
これは元々早大生だった菅さんが、学生時代は行けなかったけど就職してから何回か来たことのある店として案内していただいたもの。みなさんお薦めのセットメニューを頼んだが、私は家で夕食が用意されているので、ワインを2杯飲んで退席した。でもその間に菅さんと少し話をすることが出来た。
おそらくそうかなと思っていたのだけれど、私たちの考える、支援と組み合わせた後見、あるいは支援コンセプトを下敷きにした後見システムの運用について、彼女の提唱する「支援型社会」は近いところにあることを確認できて嬉しかった。また、現在翻訳している研究レポートに関連して、英国の養子縁組法のことについても伺うことが出来たのはラッキーだった。これもまた、別タイトルでエントリーすべき話。
他にもあれこれ話をしたのだが、酒の少し入った、りラックスした席のことでもあり、あまり書きすぎてもいけないだろう。改めて研究会の場など用意して、きちんと議論と確認をしていきたいと考えている。
法学者だけではなく、気心の知れた福祉領域の人や倫理学者まで入れていろんな角度から検討してみても面白かろう。
ps
佐藤さんのblogによると、私が途中退席した後もいろんな話題で盛り上がっていたようです>タベルナ
うらやましいなと思いますが、まあ、自宅で夕食が待っていたんだから仕方ありません。
| 固定リンク
「成年後見」カテゴリの記事
- 実践成年後見No.19(2006.11.08)
- コミュニティフレンドの記事掲載(信濃毎日新聞)(2007.08.12)
- 保護的支援のライン(2007.02.18)
- 実例からみた身上監護の枠組みと運用(実践成年後見No.23)(その2)(2007.10.30)
- 実例からみた身上監護の枠組みと運用(実践成年後見No.23)(その3)(2007.10.31)
「社会福祉」カテゴリの記事
- 人材難を国は放っておくのだろうか(2007.10.11)
- 集中講義の世話係と、それからカンボジア(2007.09.16)
- 「メイドたくしー」金沢に登場(2007.09.11)
- 平成18年度児童虐待相談対応件数速報値(2007.07.26)
- 平成19年版障害者白書(2007.07.05)



コメント
土曜日の話しを丁寧にご紹介いただきありがとうございます。なるほど、そういう話だったのか、とあらためて再認識しております。
気心の知れた倫理学者なんて、僕知らないんだけど、名川さんご存知?
気楽な話しができる会合がセットできるといいですね。
投稿: satosho | 2006/12/11 09:07
いや、あまり居ないんですけど、少しだけ繋がる人もいるので、声をかけても良いかもしれません。
少人数でゆったりと話をしてみたいですね。
投稿: ながわ | 2006/12/11 10:30