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2006/11/07

growth-attenuation treatment 追記

先日書いた記事へのコメントですが、長くなってしまったのでエントリーを起こしました。
元ネタはこちら。
重度発達障害児の成長を止める“療法”

以下、コメントです。
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私は、人すべからく発達すべしとの価値観を持っているわけではない。どのようにでもその人は生き得るという感覚のほうが私に近いかも知れない。ただだからといってその人がそのままに育つものを、牛の角を矯めるようにすることにも疑問を覚える。そんな感じ。

本件についてはそういう話をしたいのではなく、むしろ他者(親)が決めるべきことのうちにそれが入っているのかどうか?という点が気になる。これは親に与えられた養育と監護の権利に含まれるものなのか、それとも子ども自身の一身専属にあるものなのか。法学者・倫理学者に是非とも教えていただきたい。

前述のロイター電に依れば著者らは然るべき倫理審査を通したということなのだが、果たしてこのような議論は為されたのか。あまりそうとは思えない。ならばどのように相当の理由があると判断されたのか。6歳という小さな段階で何故それを判断し得たのか。そのような情報が私には入手できない(登録すると abstract 以上に読めるのかしら?誰か提供してくれる医療関係者はいらっしゃいませんか)。おそらくは、その人のあるように成長することについて、絶対値としての意味合いが小さかったのだろう。その結果、他の諸条件との相対的な判断の結果、適正として成長は止められた。

他者が止めることについて、少し引いて考えてみる。
止めても止められず、どんどん食べ続けることによって肥満に至る人もいる。ジュースを飲み続ける知的障害の方について糖尿病等を心配して止める場合もある。このように健康上の重篤な問題もしくは生命上の危険を考える場合には、他者介入はあるだろう。そして程度の問題や関係性の問題など、いろいろ考えるべきことが出てくるのがこのジャンルの話である。さて、それとこれは同じであると言えるか? このへんはけっこうパターナリズムの議論に雪崩れ込んでいくので、丁寧に考えていくとまだいろいろあるのだけれど、私の力量で今言いうるのはこれくらいだ。申し訳ないですが。

(なお、私は、パターナリズムはよく考えていけば一概に否定できないけれども一般社会では過剰適用される場合があるのでよくよく留意しなければならないとする立場だ)

そうだ、もうひとつ、ジュース云々についての下りが気になる人は、稲沢公一氏の以下の論文を読むと面白いと思う。これは改めてエントリーに起こしたいくらいだ。
→稲沢公一:「自己決定」をめぐる問題状況-決定空間の変容に向けて-.福祉科学とコミュニティー,1,15-24,2000.


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» 重度発達障害児の成長を止める「療法」 [こうくんを守れ!!!]
私はこれまで 「旧ソ連のが女子操選手に使ったとか言う成長を止める薬が手に入ったら、こうくんに盛る自信がある」と公言してきました。 それを、ここで撤回します。 もう、二度と言いません。 まさか、そんな蛮行が合法的に行われることがあるとは思ってもいませんでした。..... [続きを読む]

受信: 2006/11/08 21:59

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