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2006/11/08

実践成年後見No.19

「実践成年後見」という雑誌のNo.19が出た。目次は以下の通り。

実践成年後見No.19

特集は2つある。そのうち、選挙権のほうに私も書いている。(→こちら参照

特集1:成年被後見人の選挙権
特集2:諸外国の成年後見制度-成年後見法国際会議に参加して-

なかなか興味深い文章が並んでいる。読みたいけれど、まだ全部に目を通せているわけではない。そのうち勉強のつもりで書き込もうかとは思うのだが。

ひとまずトップの大曽根論文について。

日本国憲法上の基本的人権と成年被後見人の選挙権
     放送大学教授 大曽根 寛

以下、自分のメモ代わりなのであまり正確じゃない部分もあるかもしれない。直せる部分は直すが、各自の責任でお読みいただきたい。というか、原文を読んでいただくのが一番だが。

大曽根論文は本特集の基調的論文になっているかと思われる。
幾つかの点が論じられている。ひとつが本件に関する国会質疑応答の分析、次に憲法において本件をどのように位置づけるか、また更に民法上の成年後見制度のあり方など。

1)国会質疑のやりとりから見ると、論点として注目されるのは2つ。ひとつは、成年被後見人は“事理弁識の能力を欠く常況”にあるというが、常に欠格であるわけではないだろうという議論。これ自体は国側も認めるものの、十分な答弁に至っていない。
また別の回答としては、「欠格条項見直しが個別的能力審査手続きのあるところは見直したが、そうでないところは存置されている」「選挙権については個別に見ていくことが手続き的に出来ない」「よって選挙権見直しには至っていない」というもの。

もうひとつ、後見制度のあり方を考えていくときに、なぜそれが選挙権とリンクしないといけないのかという指摘。
この部分については同誌の坂本論文にも同じ下りが紹介されているが、きちんと答えていない。よくある、外した答弁が為されている。

2)憲法上の位置づけ論というのは、私は大学で憲法も2単位ほど取っているはずなのだが、しかしもっとちゃんと勉強しておくんだったと悔やまれた。というか、たぶんその気になって読んでみないと深く学べない仕組みなんだろう。下位法との絡みで見直そうと思ったときに初めて意味が見えてくるのかもしれない。
ここでは29条財産権か、25条生存権か、13条幸福追求権か、どこから始めるんだと問いを始め、しかし成年後見制度が民法内での取り扱いである限りは経済生活の取り沙汰する以上にはなりきれないと論じているようである。すなわち、財産管理秩序を安定させるため、自己決定を第三者が補完するという手段を与えたに過ぎないではないかと言っている(ように思える)。

3)ということで、成年後見制度を市民権に関わるものとして転換する必要があるとの指摘をしている。
 
 
後の論文とも関係するのだが、選挙権がある状態を自然人の default としたうえで、よほどのことがない限りそれを剥奪されないとする基本枠組みに乗り換えるべきであるとする主張をどの程度取れるか、という点も、今後の課題かもしれない。現在はそうではなく、当初の状態(選挙権があるというdefault)から例外扱いされたところがスタートライン/基準点となっている。基準点を戻そうよ。
ちょっと飛んじゃいましたか。失礼。

 
脱線ついでにもうひとつ。
禁治産・準禁治産から成年後見・保佐に至る経緯について、これは中身を同値として移されたものだったろうか? それとも、中身を留保して形式的・機械的に移しただけなのだったろうか? どこかで読んだ気がするのだが、混乱してしまった。どなたかご存じの方がいたらお教えいただきたい。
法制定(改正)時の議論はどうだったのか、裁判所での(?)移行はどうなったのか、なんだか曖昧な自分に気づいた。

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