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2006/11/25

growth-attenuation treatment (その6)

昨日の(その5)の続き。

以下は私の感想。

或る程度の懸念を感じながら読んだ論文だったのだけれど、残念ながらあまり満足できる議論ではなかった。もうちょっと周到にしてくれるかと思っていたが、そうでもなかった。まあ私も深く考えられないから五十歩百歩だけど。

著者らは自分たちの正当性の根拠として、小さいことで親元での世話を継続できることを挙げ、それがすなわち子どもの利益でもあるとしている。
暇があったら(その3)を見直していただきたいのだが、そこで推測していたように、成長や発達が相対的に低い価値と見なされ、これと世話のしやすさを対置させた場合は、成長をコントロールしても差し支えないとする議論のようだ(それを望まない親もいるが、今回は望まれたので処置したという言い方もしている)。
成長や発達が操作されても良い場合(特にネガティブに操作されても良い場合)をもう少し一般的に整理した上で、世話のしやすさがどのような相対的位置づけになるのかを定めて欲しかった。そうでないと、どうしても同じような議論が生じた際に始めから考えていかなければならない。
そんな、彼らに基盤的な考え方まで提示しなさいと要求するのは酷なのかもしれない。でも、倫理的な問題の議論であるとするならば、どこかで必要になるはずだ。あまり倫理学上の試行手順とか枠組みとかは知らないけど。

それから、もう少し本人側の軸から正当性を議論する必要があるのではないか。彼らが提出したのは、親の利益を子どもに移したものでしかない。

次に引用した部分についてだが、発達年齢の低い人については子ども扱いしても問題は無いというか、それが適切であるとする(彼らの)認識については、何でこんなことが査読も通っちゃったんだろうという気が、個人的にはしている。
教育・福祉などに関わる人であれば、発達年齢や知的な年齢が低いとされる人であっても、必ずしも子どもとは同じ行動や反応をしないことは知っている。もちろん子どもに対するような関わり方が良い場合もあるいっぽうで、子ども扱いでは却って不適切な場合もある。彼らもそれぞれの生活経験・ヒストリーを背景としているからである。生活年齢を考慮した関わり方をしましょうと言われるのは、単に尊厳云々の問題だけではない。

著者らは何故このような主張を持ち出してきたのだろうか。私には、却って主張の底の浅さを露呈するだけのように思えるのだが。これを持ち出さなければ正当性を示せなかったんだろうか。わかりやすく気持ちを表現すると、あーあ、言っちゃったよ、アイタタタ、という感じ。なんだかどこかの知事さんみたいだ。
 
 
で、本件に関する私の考えあるいは今までのまとめ。
考えであって根拠がまだ固まっていない言及もあるので留意されたし。

1.成長や発達についての社会のとらえ方は、必ずしも高い位置に置かれず、場合によっては操作されうるようだ。ただしネガティブな操作はあまり無く、何らかの医療・健康上の理由と対置され選択されるように見受けられる。このような状況に置かれてはいるが、成長・発達に関する相対的な位置づけは必ずしもはっきりしていない。不明瞭だからこそ、その時々の事情と都合によって操作されている節があるのではないか(推測)。
2.今回の処置の場合は、対置されるものが親の世話のし易さだった。位置づけがはっきりしていないところではあるが、個人的には世話のし易さが成長・発達のネガティブな操作に優先するとは思わない(考え)。
3.原著者の主張は十分な説得力を持つことが出来ていない。(私の論拠も練れてないけど)
 
研究だったら、もっと論拠の構成を頑張ってやるんだけど、ここはblogでメモ書きだから、自分の主張を言って終わるところで良いだろう。
もうちょっと私も考えを進めていかなければならない気がするが、このへんで終わりとする。

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» 小さく育てたい親 [satosholog]
前にアメリカで障害児の体を小さなままにしておく医療が行われていることを紹介した。 [続きを読む]

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