Mental Capacity Act 2005
気になっていたけど読めと言われて読み始めたのが、英国の新しい後見法の紹介論文。これはおもしろいと、原文他を取得。法律名称は "Mental Capacity Act 2005" である。詳細は関連論文を読んでいただくとして、以下に幾らか書き付けておく。
余裕がないのでできるだけ考えないで書く。
まずこの法律、MCAとかMCA2005と略すようなので、以下そのようにしていく。
関連ページとして以下がある。条文をはじめ、ニュースレターや関連資料を効率よく取得できる。
→http://www.mca2005.co.uk/
→http://www.guardianship.gov.uk/
これらのページで提供されているサマリー版が簡単でわかりやすい。さらに、easy-read版もある。さすが英国というべきか(→「わかりやすい表現」についてはこちらを参照)。
施行は2007年だが、準備は行われており、解説本もあれこれ出ている。日本でももう少し出ても良いのではないか。
日本では、例えば以下の論文がわかりやすく概説してくれている。
→菅富美枝「英国・新成年後見制度の一考察-わが国における任意後見活性化の手がかりとして-.実践成年後見,18,84-92,2006.…No.18はこちらから
この論文が簡潔にまとめてあるので、それをまずはご覧いただくのがよいのではと思う。私のこのblogも多くをこの菅論文に依拠している。っていうか、これを読んであたふたと図書館に行き、レファレンスと相談しながら関連資料を調べた。
でも読み進めると詳細不明の部分もあり、それらはこれから原典なり解説書(取り寄せ中)なり調べないと無理かも知れない。
今回のMCA2005において重要なことのひとつは、本人の最善の利益(best interest)の確保を目指して構成されているということ。保護(protection)的な観点から、より支援的な方向へと移行している。
また、次の5原則(five key principles)が注目される。以下、該当部分のサマリーを紹介する。管論文の和訳を参考にしつつ、法学を知らない名川が訳している。よってこれに関する責任は名川にある。(管論文の紹介はおそらく専門的な立場から言葉を選んでおり、いっぽう下記の訳はベタ訳に近い。敢えてそうしてみた。)
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1:意思決定能力存在の推定(a presumption of capacity)--すべての成人(成年)は自分自身の決定を行う権利があり、その能力が否定されない限りは、有るとされなければならない。
2:各個人は、自己決定を支援される権利を持つ(the right for individuals to be supported to make their own decisions)。--自己決定できないと判断される前に、考えられるあらゆる支援が為されなければならない。
3:奇妙で思慮に欠けたように見える決定であっても、各個人はその決定を行う権利があり(right to make what might be seen as eccentric or unwise decisions)、維持されなければならない。
※管論文では「不合理に見える意思決定を一蹴してはならない」と訳している。これは端的でわかりやすいかもしれない。
4:最善の利益(best interests)--いかなることであれ、意思決定能力に欠けた人のために、あるいはその人に代わって為されることは、彼らの最善の利益に適うものでなければならない。
5:最小限の制約的介入--いかなることであれ、意思決定能力に欠けた人のために、あるいはその人に代わって為されることは、彼らの権利と自由を最小限に制約する(least restrictive of their basic rights and freedoms)ものでなければならない。
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以下コメント・感想。
例えば知的障害者の能力判断は療育手帳によって単純に判断されるものではなく、同じA判定の人であってもその人の生活のレパートリーはかなり異なる場合がある。このことは極めて不十分ながら、現在、調査によって示す作業をしている(註1)。だからこそ、その人の能力判断と、後見制度による権利制約にはもう少し柔軟なプロセスが求められると考える。英米では或る程度機能的アプローチ(functional approach)といえばよいのか、あるいは能力の領域固有性(domain specificity)と言えばよいのか、各人の場面や機能に分けて判断されるべきとの基本認識があるらしい。しかし日本では今のところ、後見制度に係る精神鑑定の中で、結果として財産管理能力の考慮が重くなっているようであるし、また調査官等が総合的な情報収集をするにしても、ソーシャルワーカー等日常生活場面で重要な関わりをする人の情報を取り入れるシステムには今のところなっていない。
しかし例えば、グループホームに暮らすBさんの日常生活の有り様を判断材料として検討することは、判断プロセスにもっと反映されて良いのではないか。原則1はそのような慎重さを背景にしている。
(うーん、論理がかなり飛んでるなあ…。また間を詰めたり整理する作業はどこかでやっておきますね)
原則2についてはたぶん support の意味合いが違うのかも知れないのだが、私がこれまでずっと書いている後見と生活支援のあり方を後押ししてくれるように思う。少なくとも、後見の制約は、十分な支援提供を前提として為されなければいけないということは示されているだろう。
原則3は、これって愚行権にかかわってんじゃね?(と最近の若者ふうに)。英国の今後の議論も含め、私たちも十分検討する必要があると思う。
→愚行権についてはこちらも参照
原則4は、本法の基本概念として位置づけられるらしい。
原則5の least restrictive は、そういえば全米障害者教育法でしたっけ、IDEAの中でも最小制限環境(Least Restrictive Environment; LRE)が言われていました、なんて、ここまでくるともう雑談のレベルですね。
以上のように、どうやら少なくとも英国の後見法は、原則・理念において、supportive になってきているように思える。しかし実際の運用においてどの程度まで実現されるのか、また勝手な物言いかも知れないが、生活支援のシステムとの連携が取られるのかについてはまったくわからない。更に知的障害者・発達障害者・精神障害者にとってはどうなのかなど、これから調べてみないと何とも言えない。少なくとも考え方として良いのであれば、これを利用して我が国の制度運用あるいは改善に提起すればよいかなあと、思ったりする次第。
誰か一緒に調べませんか。
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註
1)
このことは、知っている人にとっては当たり前でしょう。しかしこれを成年後見法の運用に対して適用していくとなったら、またそれはそれで重労働が必要なのだと思ってくださいませ。
2)
この後、菅論文では任意後見を進めていく必要がある等との議論でまとめている。大勢としてはそのようになるだろう。しかし知的障害等、障害のある人にとっては任意後見はあまり関わりを持てない。だから私としては、MCAの基本理念を参考にしつつ、後見全般の方向を考えていくべきと言いたいし、また法定後見へ至るまでのプロセスにも十分この理念を活かしていくべきと繋げることになる。
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