千葉県我孫子市、独自の調査項目新設
7月29日付毎日新聞で報道。我孫子市が障害者自立支援法に基づく障害程度区分の認定で行った。
記事は今のところ以下にある。
→http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/news/20060729k0000m010178000c.html
この審査会には委員として参加している。で、以下、記事にかこつけながら、少し参加してみた感想など連ねてみる。
今まで審査会のことは、別に非公開というわけでもないが、進行中のことをあまり書くものではないという気がして取り扱わなかった。いや、私自身が自立支援法のことを追い切れていないという負い目のほうが大きいか。支援費のときはなんとか追いかけられていたのだが、今回はわかっているなどとまったく言う気になれない。他市で健康福祉審議会障害者部会長なんぞやっている立場だし、障害福祉の授業を持つ教員としてひとまず話すくらいは出来るけど、細かい話になるとおぼつかない。
さて、知的障害、精神障害の方がどうしても区分に反映されないという批判があるのはご承知の通り。基準作成過程で行ったという重回帰分析でなんとか数字が出たことが、すなわち評価尺度の適切性を証明するものではないだろう。あまり/かろうじて/結果として外れてはいないということを示したに過ぎないし、もちろん最適であることを証明するわけではない。まったく。
もともとマニュアルに従えば審査会で口を出す程度もたかが知れており(そういうふうにマニュアルが出来ている)、とにかく要求される職務を全うしようと思うだけならばむしろ淡々と終わる気がする。いずれ慣れてくれば機械的に、誰がやっても大して変わりのない審査になるところだろう。そうなったら私が審査会に参加する意味もない。
我孫子市の場合、審査会の判定には或る程度縛られずに実際の支給を申請者の実情に合わせて必要量の供給をするとの立場を表明している(ただし、入所施設やケアホームを利用すべきなのにそのための区分判定が出せない場合の対応は、曖昧と理解している、というか、個別に検討するということらしい)。国は区分に基づく補助しかしないのでつまり差額分は市が出すと言うこと。これは(いろいろ考え方はあるが)良いことだし、少なくとも審査委員としてはホッとしている。いや、マニュアルに従うならば、審査会が区分判定後の申請者の暮らしがどうであろうとそれを懸念する必要も責任も無いのだが。
しかし審査会に身を置いてみると、得られた資料・情報からあれこれ考えていくと、それがたとえ葦の髄から天井覗くような情報でしかないとしても、本当にこの区分判定でよいのだろうかということは思わざるを得ない。
現行システムでは審査会での言及は医師意見書か特記事項に記載されたことなど根拠が明記されているものに基づいて行わなければならないとされている(だから実は調査員のほうが審査会よりも重要な気がする)。
そこで無理にというか頑張って得られた情報から証拠(根拠)をあげつらって区分判定に意見することになる。が、こうやって区分を変えたとして、しかしこれをやってばかりいると、結果として“区分判定のシステムは大筋から言って問題は無かった”と総括されてしまうことにもなりかねない。だから今回の判定システムに懸念を抱く人間は、どうしたものかと悩みもだえることになる。
もともと我孫子の項目検討については、調査員の特記事項記載について必要な情報をシステムとしてあげられるように工夫しようという試みとして始まった。だから新設と言われると、ああそう取られるのかと思う。
そして今考えると、上述のような審査員の悩みを幾分回避する工夫にもなっていることに気づく。つまり“こうやって工夫でもしないとダメなんですよ”と指摘することが出来るから、障害区分判定システムに絡め取られなくなる(ちょっとだけ)。
まあ、とはいえ、根本的な対応ではないのだけれど。
今後、精神障害等の状態変動についても同様に聞きとり記載してもらえないかどうか、提案をしてみる予定。
ところで、我孫子市は審査会に先だってモデル地区だった市から審査員を招いて勉強会をしたり、第1回審査会については全分会(審査会は分会という幾つかの班がある;北町奉行書と南町奉行書みたいなものか)合同の審査会を行って議論を深めるなどの試みを行った。それらを通じて、調査時の聞きとりの工夫が必要ではないかとの意見が交わされることとなった。この第1回(合同)審査会については3人の申請について3時間前後かかったと記憶している。介護保険の審査会は慣れると1人5分と聞くので、これはとても長い。ここで資料の見方や考え方などの不明部分を(かなりぶしつけに)あれこれ議論したからだ。結果として、2件が調査し直しをお願いすることとなったと思う。いやウチの1件だけだったかな? いずれにしても調査員にご苦労を強いているわけで、申し訳ない。が、今のうちに言っておかなければならない話でもあり、多くの人はこれをやって良かったと思っていたのではないか(と勝手に解釈しておく)。その結果、項目の“新設”に至ったわけで。
ひとまずここまで。
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コメント
少し補足。
●記事で「項目追加」と書かれたことについては、正確ではないと主張・反論が為されている。特記事項への記載について、使えるものにしていくための工夫をしているに過ぎないとの主張。
●ルーチンワークになったら自分がやっている意味がないと書いたことについては、変わっていない。ただ私がもう辞めたいと言ったように受け取る方もいらしたので、ひとまず付け加えときます。
この場所に踏ん張って、そのようになるのを防ぐべきだし、システムの改編をここから言っていくべきだし、この話し合いに基づいて発展的な組織を別途作っていくことも出来るのではとのご指摘はその通りで、だから何とか踏ん張らないといけないんですね。一番の問題は、私が満足のいく論陣を張れるほどには勉強できていないという、自分に向けてのもどかしさ。
投稿: ながわ | 2006/08/06 12:32