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2006/04/29

後見開始と資格制限(その3)

2-b)
このような問題について、議論のあり方は次の3通りが考えられる。
  権利としての議論
  能力論としての議論 →ii)
  後見(審判)類型偏在の問題としての議論 →i)

「能力論としての議論」は、障害者施策推進本部決定(1999)「対処の方向」で言うところのii)(絶対的欠格から相対的欠格への改正)に近いように思われる。同じく「後見(審判)類型偏在の問題としての議論」はi)(欠格、制限等の対象の厳密な規定への改正)に関係するところかもしれない。

類型偏在とは、ここでは後見類型の審判が非常に多いことを指して言っている。例えば裁判所のwebページから、以下にデータがある。

成年後見関係事件の概況(最高裁判所事務総局家庭局)
 http://www.courts.go.jp/about/siryo/saiban/sonota/kouken.html

その多くが後見類型であることが分かると思う。このデータでは年齢と後見類型のクロス表がないので、本稿の対象である60歳以下の知的障害者等の状況は不明であるが、ひとまずは推測としておいていただきたい(確かどこかにこの点をもう少しはっきりさせる資料があったと思うので、いずれ提示します)。で、これをいちおうお認めいただいたとして、しかしながらより具体的かつ他資料も併用した検討を進めれば、少なくとも保佐類型で差し支えない場合というのもあるのではないかと考えている。いや、そもそも現行の能力の考え方だとどうしても後見類型になる人が多くなるので、後見相当であることや保佐相当であることの意味を考え直すべきであるとも考える。よってこの問題は、上記の「能力論としての議論」と重なる。ただし単純な一次元上に類型論を置くと考えないほうがよい。現在の成年後見制度は民法の中に置くのではなく福祉法として作り直すべきとの議論もあることから分かるように、この後見制度は、単に本人の財産と身上を守るためだけの制度としては認識されていない。ならばもうひとつ踏み出して、支援システムとの連携を前提とした類型判断方略が伴われて良いはずだと考える。ただ残念ながら現在は民法の一部として存在しているので、その判断が現行システムを越えることは困難だろう。そうは言っても海外には別のシステムも存在しているので、あり得ない話ではない。

…あ、どんどん話が脱線してきたので、戻す(このまま流せるところがblogの良いところか)

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