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2005/07/18

身上監護

(以下自分のメモ書き程度に書いているので、書き入れるべき単語を書き入れていなかったり思考を少し飛ばしたりして読みにくいと思う。これはご容赦ください。改めてどこかに書く際にはちゃんと整理します)

実は身上監護はけっこうたいへんな仕事なのだと思うのだが、しかしあまり大してやらなくても家裁から指導を受けるわけでもない。立法過程を見ているとそれなりの業務として位置づけられているはずなのだが、それが後見人の報酬算定の根拠として考慮されるところが未だに少ないと聞く。多くはどの程度の額の財産について管理業務を行ったかとか、そういうのが根拠らしいと、専ら身上監護に努める社会福祉士の後見人が言っていた。
つまり理念と実際にはかなりの開きがあるように思われる。

民法改正に際にして身上監護の部分をどうするかの論争を読むと、身上監護の位置づけを大きくすることに反対あるいは懸念を示す人の論拠のひとつとして、「扶養義務者に対してすら引き取りを強制することは出来ないとの見解が表明されているのに、成年後見人に身上監護義務を課すことは、事実上現実の介護義務を課するに等しい結果となりかねない」というのがある(成年後見問題研究会の97年報告書より)。
現在でも実際の介護業務については身上監護に含まれないという考え方が一般的ではある。従ってその意味では上記のような懸念は単純には成立しないように思える。親族後見の場合には、介護義務の根拠が混乱するのでややこしいが、その場合は介護についても覚悟の上と考えるべきかもしれない。第三者後見の場合にはもう少しラインが存在する。しかしそうは言っても、実際にどの程度まで後見人が(介護に限らない)たいへんさを引き受けているのかについては考えるべきではないか。後見人は身上監護について、それ自身と加えて、それに関連する諸事項についても少なからず行う場合がある(ところがこの実際についてはまだまとまった調査が公表されていないようであり、現在私たちが助成を受けて調べ始めるところである)。

身上監護を肯定し推進する立場からすると、そもそも身上監護は成年後見の一部としてではなく独立した福祉法体系として考えるべきであるとする主張もあるらしい。これは社会福祉士の側から後見業務に携わるところからすると親和性がある。実際にそこまでの業務をやっているのだし、場合によっては、そこまでやらなくて良いからと言われる場合もあると聞く。
しかし弁護士や司法書士等法律の側から後見に携わっているところからすると、身上監護が拡大しても、あるいは現状の解釈レベルであったとしても、法改正の理念を十分満たすべく行動するのはたいへんな話ということになるのではないか。

ということで、理念と実際という乖離だけではなく、職種・立場による差違もあるのではないかと思われる(個人要因による変動はあるにしても)。

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