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2005/06/25

福岡の裁判について

佐藤さんがご紹介くださった事件があります。トラックバックしたいんだけどよく分からないから、また分かったら修正します。ここにあります。続編がすぐ次のここにあります。
このことについて佐藤さんから判例をお教えいただき、読みました。こういう文章に慣れていないので苦労しました。それで思ったことを少し書こうと思っていたのですが、時間もなくきちんとまとめるまでに至らないまま時間が過ぎてしまったので、断片だけ載せておきます。なんというか、ふと思ったこと、程度です。言葉同士の矛盾や言い回しのおかしさなどもそのままです。本当はちゃんと吟味しなくちゃいけないのですが…。


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●二審では知的障害の程度について、より具体的な検討をしている。一審ではこの証拠検討が不十分であったと言える。どちらの判断が良かったかという問題よりも、検討の程度が違っていると思える。

●金銭に関する能力の判断を子細に行ったことにより、二審の結果は逆転した。つまり日常程度の金銭使用(簡単な買い物、給料など)は可能だが、①今回の連帯保証契約額が本人の理解範囲を超えること、②利息・遅延損害金など割合計算の意味が理解できないことなどから、連帯保証に関する無能力を判断している。つまり、日常的な金銭処理は可能でも契約締結は困難な場合はあり得ると判断されている。これは私見だが、両者は異なる次元の意思能力であるかあるいは異なる水準の意思能力であると言えるのかもしれない。
※次元というのは“話が違う”こと、水準というのは“話は同じだが程度が違う”こと、のように使っています。

●加えて③他者から強く指示されると抵抗できない点についても理由としてあげており、重要である。ただしこの段落における主張点は金銭処理能力と契約締結能力がどのような基準により判断されるか、またそれらの相互関係が如何に整序されるかにあるため、これ以上は言及しない。

●当該の金融業者従業員は控訴人本人に対して十分に保証人の責任について説明したとは言えないのではないか。あるいは説明したがその場では本人からの了解を得られたということか。文章からは「緊張気味」との表現でその場での平常な判断ではない可能性を表現しているものの、どのように本人からの納得を得られたのかについての記載が不明。
他の文章からも、この従業員は控訴人本人が保証契約に対して忌避的であることを認識し得たにもかかわらず保証人として認めて契約しているように思われる。この判例を読んだ限りでは、疑問が残る対応だと思わざるを得ない。
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コメント

わたしもトラックバックのやり方がわからなかったのです。こんど教えてくださいね。

投稿: satosho | 2005/07/05 06:45

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