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2005/02/13

小遣い帳(7)

更に、「裁量」と「失敗」の意味についても今回は書かなかった。彼らが失敗をぜんぜんしていないのではなく、私が今回そこまで話を展開しなかっただけだ。そして、失敗はしなければよいのではなく、場合によってはとても大切な意義がある。


文章を閉じる間際になって話を広げて恐縮だが、福祉的なサービスの場合、「それはそういうもの」「そんなことが自分の隣で在っても構わない」のような(Gdykunstの言うところの)“寛容性(torelance)”で落ち着かせられない場合、それは支援者の「気が済まない」感に取って代わられ、そして支援という枠組みでいろんなことが為されることとなる。たいていの場合そのような好意は良かれと思う気持ちや善意・優しさによって実施されるので、肯定されることが多い。しかし度を過ぎれば余計な管理に落ちる。私たちのような商売にあっては、適当な納得できる基準に基づいて“後者を前者にどの程度戻していけるか”、が大切になってくるのではないかと思う。支援者がこのような狭間に気付き悩まないようでは、先が見込めない。消費生活支援もこの狭間の中で悩むべき領域である。
改めて資料を集め、考えをまとめていきたい。

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